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信玄の隠し湯
渋の湯温泉
渋川沿いの道の一番突き当たりにある。この温泉は負傷兵だけではなく、軍馬も入ったという。
増富温泉
ラジューム含有量では世界有数。湯治利用客も多い。
川浦温泉〔リンク
笛吹川の渓流に沿って立つ川浦温泉の一軒宿 山県館の当主は、武田二十四将の一人山県昌景の子孫だそうだ。
積翠寺温泉〔リンク
要害山の麓の信玄が産湯を使ったという積翠寺いったいの温泉。温泉の温度は低く昔は焚き火に当たりながら入ったという。
嵯峨塩温泉〔リンク
大菩薩山中標高1300mに湧き出る温泉。嵯峨塩峡の中にある渓谷の一軒宿嵯峨塩館は、隠れ湯のたたずまい。
岩下温泉〔リンク
甲州最古の温泉。源泉は28℃で、しばらく入っているとちょうど良くなるとのこと。
湯村温泉〔リンク
甲府の市街地にある弘法大師の開湯を伝える温泉郷。泉質はほぼ同じですが、地層が100m200m400mと三層に分かれているといわれ、温泉によって少しずつ異なっています。
西山温泉〔リンク
南アルプス早川渓谷にひっそりと湧く温泉。信玄だけでなく、家康も訪れたという。
芦安温泉〔リンク
信玄の隠し湯とはいえませんが、山梨県ペンション連合会に加入している温泉つきペンションがある、南アルプス夜叉神峠の入り口にある芦安温泉をご紹介します。とてもやわらかな肌触りのお湯で、湯量たっぷりな温泉です。
下部温泉〔リンク
信玄の隠し湯としては、よく知られており、4回目の川中島の合戦で兼信から受けた傷を治したと言い伝えられている。
梅ヶ島温泉
安部金山の鉱夫たちが利用し、黄金の湯とか金の湯とか呼ばれていたそうだ。
 
武田家を支えた金山

拡大図
甲斐黄金村湯之奧金山博物館展示図録をもとに作成/出典:『たっぷり風林火山歴史ウォーキング 信玄ゆかりの甲斐・信濃を行く』(水曜社)
黒川金山〔リンク
甲州市の北部に、今は廃鉱となっている甲州最大の黒川金山があります。最盛期には1000軒の集落があり、金山衆を慰めるため遊郭もあったと伝えられている。近くには、閉山時に秘密を守るために遊女を殺して投げ込んだというおいらん淵がある。また、多くの金山が掘られ、武田を支えていた。
金山金山〔リンク
昔、大月市賑岡町金山にキンザンの坑道があったようだが、今は崩れて見ることが出来なくなっている。
湯之奥金山〔リンク
身延町にある内山、中山、茅小屋の3金山を総称して湯之奥金山と言い、信玄の隠し金山として伝承されてきた。近くには、静岡県側
も含み常葉、栃代、川尻、富士などの金山がある。
信玄抗(津具金山)〔リンク
愛知県設楽町茶臼山のふもと津具にあります。信玄が金の産出を知り金山として開発したそうですが、後の時代にはタングステンなどの鉱石が出たので金山としては閉鎖し、鉱山となったそうです。大昔には、近所の川で遊んでいると川底に砂金がきらきら光るのを見ることが出来たそうです。
金鶏金山〔リンク
金鉱脈が鶏の形になっているという言い伝えでこの名前がつけられた。千軒平は鉱夫の住居跡といわれている。黒川金山でも千軒の住居があったと伝えられているように、昔はちょっと大きいとオーバーに千と表したのであろうか。
日影沢金山(安部金山)〔リンク
安部川の上流梅ヶ島日影沢にある金鉱ですが、地元では安部金山とは言ってないようです。今川氏が開発した金山で、その後武田氏の手で大規模開発がなされました。近くの安部峠を経て下部とつながっており、武田の金堀衆の力に負うところが大きかったのでは無いでしょうか。


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